FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

屋外で 2

男は隠微な含み笑いをうかべながら、標準よりかなり大振りのものを突っ込んできた。

「あひ~っ、あっ、い~~っ」

肥厚したアナルの粘膜をこすって大好きな太いものがずぶずぶ侵入してくる刺激にたまらず叫んでしまう。

「ひ~っ、いいわ、 気持ちいいわぁ、 もっと奥までいれて~っ」

男のものをより深く迎えるように尻を突き出しながら、私は狂ったようによがり声をあげる。

「犯(や)られるの好きか?」
「好きよ、大好きよ、あっ、ああ~ん、いい、気持ちいい。好きだから娼婦になったの」
「ちんぽ、好きか?」
「好きよ、太いちんぽ好きよ。ちんぽ無しじゃあもう生きていけないのよぉ。ひ~っ、もっと、もっと突いて~」
「ふん、けっこう美人のくせに完全に変態の淫乱なんだな」

男は肉棒で貫きながら、両手で私のむっちりしたピップをパンパン音を響かせてスパンキングする。

深夜の神社の境内で、立ったまま後ろから犯され、毛皮のコートの前が開いてすっかり丸出しになったBカップのおっぱいを揺すってもだえる私。

先端から先走りのヌルヌルを吐き出している黒い幅広のベルトをがっちり巻かれたスティックが股間におっ立ってなかったら、もう誰も私が男だとは気が付かないだろう。

それにしても、なんて浅ましい姿に堕ちてしまったのだろう。
裕福で健全な家庭の長男として生まれ育ち、将来を嘱望される研究者・大学講師だったはずのあたしが、深夜の神社の境内で、女の姿になった身体を男のペニスで貫かれてよがり狂っている。

自分の痴態を想像することで、私のゆがんだ情欲が最高度にかきたてられる。
男の太いものが抜き差しされ、 爛れたアヌスの粘膜が激しくこすられるたびに快感が全身を震わせて脳天に突き抜けていく。

「ひ~~っ、 あはぁ~っ、 いい~~っ、 気持ちいい~~っ、もっと、 もっと犯して、 ああっ~、 いくいく~~っ」

男の荒い腰使いに私はひぃひぃよがり狂う。決してお客を喜ばすための演技じゃなく、実際、もう何度上り詰めたかわからないくらい感じている。
そのたびに身体ががくがく震えて気が遠くなりかけるが、 男の激しい動きが私を現実に引き戻す。

「ほら、そろそろ出すぞ。思いきりいやらしい声で叫べよ」

大量の精液がアナルの奥にぶちまけられ、 その瞬間、 私も「きぃ~~~っ、いく~~~ぅ」と闇夜に響くすさまじいよがり声を上げながら崩れ落ちた。

スポンサーサイト
デリヘルもソープもイメクラも気に入った子がきっと見つかる
超大型リニューアル中の大好評風俗情報サイト!
FC2公認の男性用高額求人サイトが誕生!
稼ぎたい男子はここで仕事を探せ!

屋外で 1

1997年11月28日(金)

内腿を冷たいものが流れ降りていく不快感に私は立ち止まった。垂れてきたのは、さっき路地裏の雑居ビルの非常階段で相手をしたトルコ青年のザーメンだ。

場所が場所だったので、開いたアナルをプラグで塞ぐ時間がなかったのだ。

深夜喫茶に入ってトイレで処置すればいいのだが、終電直前の今は書き入れ時、そんな悠長なことはしていられない。

今夜は、9時過ぎに予約の客を歌舞伎町のラブホテルで相手をして20000円をかせぎ、その後は新宿の街を流していて、仕事帰りのトルコ人青年に声をかけられた。でも彼からは5000円しかもらえなかったので、もう一稼ぎしたかった。

仕方なく、もうすっかり電気の消えているオフィスビルの入り口にちょっとした暗がりを見つけて、マイクロミニの裾をたくしあげ、黒いTバックのショーツを下ろして、ウェットティシュで股間から垂れ落ちるねっとりした液体をふき取る。

処置を終えて靖国通りに戻るのを待っていたかのように声がかかった。

「おネエちゃん、いくらだい?」

ここは新宿の花園神社の境内の片隅。時間は夜中の1時すぎ。
私は今晩3人目のお客さんの相手をしている。

30代半ばくらいの大柄な会社員。靖国通りで声をかけられ目が合った瞬間、直観的にこの男がかなりのサディストだということがわかった。

あっちもガーターベルトのストラップも露なレザーのマイクロミニに毛皮のハーフコートという典型的なストリートガール・ファッションの「女」が淫乱マゾだということに気が付いたはずだ。

男は、左手の2本の指であたしのグジュグジュの股間をくじり、右手で私の胸のふくらみをなぶっている。

私は、敏感なところをいたぶられる快感にヒーヒーよがり泣きながら、形ばかりヒップをおおっていた黒のTバックショーツのサイドストラップを自分ではずした。ショーツがただの布切れになり、夜目にも白いむっちりと張り切ったヒップが完全に剥き出しになる。

罰当たりにも境内のお稲荷さんの赤い鳥居に手をついてお尻を突き出す。右に大きな深紅の薔薇、左に紫の揚羽蝶のプリントタトゥーで彩られた豊かな尻たぶを自分の手で開いて、淫水があふれている場所への挿入を恥知らずにお願いする。

「ああっ、早くぅ、お願い。早くぶっといの順子のオマンコに入れてぇ! うんとひどくしてぇ」

淫らにお尻を振りながら興奮した声で催促する。

「どこに何を入れて欲しいんだ。もう一度ちゃんと言ってみろ」

男が意地悪く要求する。

「あ~ん、順子の後ろのおまんこに、あなたのでっかいちんぽをぶちこんでぇ! 早くぅ、ほしいの!お願いしま~す」

こんな恥知らずな言葉を、ためらうことなく言えるように私はなっていた。
いや、こうした言葉を言うことで、すっかり娼婦に墜ちた自分を確認して、私は興奮していた。

転身 2

新宿にワンルームマンションを借りてから、私の生活は大きく変わった。

目黒の部屋に帰ることがことが少なくなり、可能な限りの時間を、新宿の部屋や街で、女の姿で過ごすようになった。

そして、週末はもちろん、平日の夜も、客を取ることは、当り前になってしまった。

当然、週に3日の大学講師の仕事はおろそかになる。

男とラブホテルに泊り、朝方、男がホテルを出る前にもう一度、朝立ちの肉棒をアナルに突っ込まれ、精液を身体に入れたまま目黒の部屋に戻り、男物のスーツに着替え、ネクタイをして大学に行くこともしばしばだった。

講義を終えると、すぐに目黒の部屋に行き、シャワーを浴びて、化粧をし、女姿になって新宿の部屋に行く。
そして、より露出的な服に着替え、娼婦の仕事に必要な物が入ったバッグを持って、夜の街を流すという感じだった。

男姿と言っても、髪は毛先が肩に届くほどになり、男物のスーツを着ても胸の膨らみやヒップの肥大など身体の女性化はもう隠せなくなっていた。

私の変貌は、学内で、いろいろ噂になっていたらしい。

すでに、大学講師の薄給とは比べ物にならないくらいのものを、娼婦としての収入で稼げるようになっていた。
周囲の状況からも、自分の気持ちからも、大学講師の仕事を続けるのは、難しくなっていることは自覚していた。

実際、翌年の春(1998年3月)で、私は10年間務めた大学を去ることになる。
形の上では退職だったが、実際には雇い止めだった。
プロフィール

風祭順子

Author:風祭順子
10年前まで、男性として大学講師をしていました。
その後、女装マゾの世界に溺れ、とうとうニューハーフ娼婦に堕ちました。
約8年間、毎週2~3日、娼婦として男性の性欲のお相手をする日々を過ごしました。

このブログでは、「なぜ、私は堕ちたのか?」、そのいきさつを書いてみようと思います。
画像は、4年前の私の姿です。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。