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独立 2

こうやって、外で、しかも昼間に、客を待つのは、あまりしたことがない。
すぐ脇の横断歩道を行きかう人に、どう見られているのか?視線が気になってしまう。

約束の時間を少し過ぎたとき、シルバーグレーのシビックが、すーっと寄ってきた。
「やあ、遅れて、ごめん」
と言いながら、運転席から姿を見せたのは、今日の客、永沢さんだ。

彼とは、3月の半ば頃、伝言ダイヤルで知り合った。
今日が2回目のお相手。

たぶん40歳代半ば、取り立てた特徴のない中年紳士。
職業は、はっきり聞いていないが、どうもお医者さんではないかと思う。

助手席に乗り込む。
車は、山手通りを南に。

「今日は、ちょっと変わったところを予約しておいたから」

途中から、どこを走っているのか道がわからなくなった。
たぶん蒲田か、池上の方面だと思う。

着いた先は、立派な門柱があるお屋敷風のところだった。
車を門内に入れ、玄関脇の駐車スペースに停めて降りる。

永沢さんが玄関で声をかけると、年配の女性が出てきた。
上がって部屋に案内されるのかと思ったら、外に出ていく。

後について木戸を潜ると、そこはやや荒れた感じはするものの、広い庭だった。
池があり、植え込みのつつじには、赤い花が咲き始めている。
庭の中には、小さな家がいくつか立っていた。

そのうちの一軒に通される。
中は次の間付きの8畳ほどの和室で、赤いなまめかしい蒲団が一組敷かれていた。

左側には浴室とトイレがあるようだ。

「待合って言うんだよ。まあ昔の高級ラブホテルみたいなものだな」
と永沢さん。

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独立 1

1997年4月12日(土)

家の近くの停留所からバスに乗り、14時少し前、JR目黒駅に着いた。
バス停から少し歩き、目黒通り沿いの約束の場所に立つ。

黒のキャミソールにオレンジ色のカーディガンを羽織り、下は黒のマイクロミニに同色の網ストッキング、黒のショートブーツ。
土曜日の昼間にしては、ちょっと目立つファッションかも。

桜が散ったばかりだけども、今日は暖かく、手に持ったワインレッドのスプリング・コートは着る必要がない。

3月の末に、坂崎さんに雌奴隷契約を延長しないことを告げて別れた。
正月に私に客を取られるようになってから、彼の私への関心は急速に薄らいでいった。
中学校教師とかいう純女の調教に夢中らしく、最初は週1のペースだった客の斡旋も、2月になると間が空くようになった。

ここらへんが潮時かなと思い、話を切り出したら、意外にあっさり承知してくれた。
やはり、彼は根っからの調教マニアなのだろう。

調教があるところまで進み、彼なりの「作品」が出来上がると、興味を失うようだ。

以前、彼は「俺に飽きられても客を取って暮せるようにしてやるよ」と私に言った。
だいたいその通りになったわけだ。

今まで撮影されたビデオや写真については、「処分しておくから」という彼の言葉を信じるしかない。
それから、彼からは何も連絡がない。

坂崎と別れても、正月から始めた週末娼婦は続けるつもりだった。
というか、実は最初の客になってくれた関口社長から「独立」を勧められていたのだ。

社長は、大阪から上京する度に、ほぼ毎回、私を買ってくれた。
2月の上旬、3度目の時だったと思う。

高く上げた私の尻にチンポをゆっくり出し入れしながら、こんなことを言い出した。

「坂崎な、あいつは昔から知ってるんやけど、あんな変態の半端な奴についていても、いいことないで。そのうちどこかのフーゾクに売られてポイや。そうならん前に独り立ちせな。順子の顔とアナルがあれば、十分、やってける。ワシが後ろ盾になったるから、大丈夫や」

私も、伝言ダイヤルで知り合う人が、けっこうお客になってくれるのがわかってきた。
多方面に顔が利く関口社長が後ろ盾になってくれれば、ますます心強い。

敏感なアナル粘膜を擦られる快感に耐えながら、私は「はい、そうしようと思っています」と返事をしていた。

今になって思うと、坂崎があっさり私との関係を絶ったのも、関口社長がなにか工作したのかもしれない。

(続く)

客を取る 5

私は、激しく上り詰めると、身体から力が抜けてしまい、身動きできなくなる。
でも、今日はベッドに横になったままというわけにはいかない。

なんとか身体を起こし、とりあえずの身づくろいをする。
ウェット・ティッシュで股間を拭き、ベッドの脇に落ちていた黒いTバックショーツを身につける。

シャワーを浴びに行った男性が戻ってきた。

「順子さんやったな、ワシ、関口言うねん」

いきなり自己紹介されて、戸惑う。

「あんた、美人やし、とてもいい尻してるで。インテリなのもワシの好みや。ワシ、だいたい2週間に1度のペースで上京するねん。また、買うてうやるから、連絡先、教えてぇな」

個人取引は、坂崎さんから禁じられていた。
だけど、私は、電話の脇にあったメモ用紙に、自分のPHSの番号と名前を書いて渡していた。

この関口という男性の気さくな人柄が、そんな気にさせたのだと思う。

身支度を終えてメモを仕舞い、「ほな、またな」と出て行く男性をドアのところまで見送る。

一人になり、ため息をつく。
時計を見ると、18時だった。

電話が鳴った。フロントからだった
「お連れ様、お帰りになりますが・・・」
「はい」

ああ、男性が一人で先に帰る場合は、こういう連絡が入るのか・・・。

その電話で、坂崎さんに連絡を入れるのを思い出した。

「今、終わって、お帰りになりました」
「どうだ、初めて身体を売った気分は?」
「はい・・・・・、とても感じてしまいました」

シャワーを浴びて、身体の内外を洗う。
乱れた化粧を直そうと、洗面所の鏡の前に立つ。
濃い化粧の黒い下着姿の女が少し疲れた顔をして映っていた。

「これが私・・・、娼婦に堕ちた私・・・・」
真っ赤な唇がつぶやいた。

(了)
プロフィール

風祭順子

Author:風祭順子
10年前まで、男性として大学講師をしていました。
その後、女装マゾの世界に溺れ、とうとうニューハーフ娼婦に堕ちました。
約8年間、毎週2~3日、娼婦として男性の性欲のお相手をする日々を過ごしました。

このブログでは、「なぜ、私は堕ちたのか?」、そのいきさつを書いてみようと思います。
画像は、4年前の私の姿です。

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